蜜琴

いのちがはじまるところ                 
 さっきヨガをしていました。

ほわんとして いろいろな考え、
はやくこれとこれしなくちゃ とか
あいつこんなんしやがってとか(笑)
なんでこうしてくれへんねん とか
そうゆう日常のいろんなことが

なんというか 心の中ですーっと下に落ちてゆく
ほわんとしてそんなことを考えない状態になる 
こころの中が騒がしくて濁っていた水が
砂が下におちて だんだんと意識が
透き通るような心になったとき

指と指の間を 体のなかを あらゆるところに
流れている じわじわした(人それぞれの感じ方がありますが) 
いのちの感覚が
ぐわんと さえぎられることなく あふれてゆきます
まるで自分がバイブレーションになるよう
透き通るようなこころ、、、このまえ書いた無心というのはこうゆうことかなあ

ヨガにはすばらしいところがいろいろありますが
私は この状態を感じることを
自然治癒力を増すことはもちろん 何か
言葉にできないほどすばらしいことだと根拠はないのに
確信のような感覚があります。

いのちと調和しはじめるというのか いのちを尊ぶことなのかなあ

意識について先日から書いていること
心を見つめることや 意識的でいることは  ただ一つこの心の状態に
自分をもってゆくための ツール で 
いのちの方向をさし示しているものに
すぎないんだなあ 
そしていのちは いつもわたしたちひとりひとりの中に流れているのです
ツールがさし示しているものは自分の内側にある


検査の数値などから 食べ物を調整したり何かをひかえたりする
体験をこのごろまわりで
よく聞きます それと同時に お家とかで 静かに自分の身体の中を流れるエネルギーを
感じる時間を持てば尚いいんじゃないかなと思います。瞑想といえば
かたくるしく感じられるかもしれないけど これも 言葉の先入観じゃなくて
自分なりの心地よい感覚をひきだすやり方が必ずあると思います
この感じを感じるには 静かな場所さえあれば できます。
あ でも電車の中でも 待ち合わせで誰かを待ってるときとかも 
意識したらできるから
静かな場所に自分自身がなればできる か^^

あまり重要だとは思われていないけど 
体はここからはじまってゆきます。

みんなひとつのいのちの場所から。
: 意識 : comments(0) : - : posted by yuka :
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