蜜琴

コンパス                 
今日のポーチは さなぎが孵化して蝶になり 蝶は去り
昨日咲いた黄色のハイビは 帰る準備で閉じはじめ

夕方蕾だったピカケは 今、夜深まって 
開花し香りをポーチじゅうに充満させています
流れるポーチ でも いつも 今というきらめき 





まるでこのポーチはいろんな客人を迎える家主のようです
花 香 夏をむかえ また移り変わり やがて 秋を 冬をむかえる
蝶が訪れ 蜂がくる 美しい虫の声がやってきては去り 死ぬ虫や 生まれる息吹をも
じっと まるで 見守り役のようにただ見つめる


私たちは みんな
たとえば すがすがしさ や ゆううつ うれしさ 怒り 心配事 出会い 別れ 繁栄 衰退 仕事 病気 健康 死 生 というさまざまな客人を 迎える家主のようでもある
性別や 人間 自分というものさえ客人といえるかもしれない

それは 自分の気持ちや 自分の状況 体験 考えが自分だという人間的なとらえ方と
もうひとつ別のとらえ方 
それらの決定的なちがいは
たとえば わたしは病気だ とわたしは病気を体験していると表現できる


今 ふとなぜかコンパスがうかびました。 
なんかヒントなのかな
中心で接し自由に開けるほぼ同じ長さの2本の足からなる
その2本足は どちらかが地について不動(針の方)で どちらかが自由に動く(えんぴつの方) そうしてバランスをとってもこそ はじめて円をかくという目的を成す
ことができる

私たちの中にも女性性と男性性が存在している
でも わたしたちは 女性か男性のどちらかを軸にしている
両方もっていながら いつもどちらかの片方をとっている


地についている足が両足としたら
胴体と頭で接していて
動くほうの足が両手になる 


中心で接している部分と 針とえんぴつに 
いろいろあてはめてみる

世界とわたし
自分があって 自分の内側の世界と 自分の外側の世界がある
それらはひとつのコンパス
外側の世界の原因は 自分の内側にある
内側の世界の結果は 自分の外側にある

2本の足はバランスをとりあっているんだなあ

あいてと自分と今
 
  
はじまりとおわりと今  
問いと答え 
それらはひとつのコンパス




前屈やのびをするとき のびて気持ちいいところの真ん中からエネルギーがあふれる

その真ん中には 扉があって
ちがう次元へつづいてて その扉から 見えないいのちがあふれてくる気がする

どんどん ポーチ(家)の風景は流れても  家主はいつも今 じっとして見つめている

コンパスとしての 不動の自分と移ろいゆく自分 その不動の自分こそ
見ている意識 気づきかもしれません

内側を意識してはじめて 意識する方と意識されている方が生まれる 
その真ん中の今という扉をひらけるには 、、、観察するというひとつ大きな視点を
育む必要がある いのちというわたしを選択することでもある
コンパスはここにもある
たとえばイライラしている人が目の前にいる
そのイライラさせているものが 自分の中にあると見つめるとき
もしくは 自分も相手もいのちどうし同じ存在なんだと
相手の中に自分といういのちを見るとき
相手と自分はひとつだとするときそれが接点となり扉につながることができる
見つめる視点が 不動の点になり 自分にも相手にもいのちのちからが働く
接点のその扉の奥にわたしたちに共通するなにかがある
そしてそこへ行くには 不動の点である軸(見つめる視点を)を通さないと行くことができない


私たちの見える体と見えない体 そのどちらとも重なる接点の奥に
生命力が湧き出る場所がある 

私たちにとって必要な 眠りもそうかな 真ん中のくの字の接点へむかっている

 
こんな風にいろいろなものと照らしあわせてみると
おもしろい 答えはいつももう目の前にあるのかも

小学校以来コンパスなんて忘れているわたしにふとそれを思い浮かばせたのは
いったいなんだろう
ヨガで誘導していると 自分のしらないことが ああ そうなのか と思ったりする
そのひらめきみたいなものは いったいなんだろう
扉が開いた隙間からふと落ちてくるみたいな気がする

流れゆく感情や思いを気づいているのが自分だというその隙間から

コンパスってわたしやあなたや いろんな営みの働きを表しているみたい^^
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追記 次の夜 ピカケはピンクに
流れるポーチ


その翌朝



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