蜜琴

今という瞬間へのレター                 
 気づいていること意識的でいることって
受け入れることです

こうに決まっている
たとえば危ないに決まっている
と何か対象に思いこむたびに
未来の今という瞬間に きらいですとレターをおくりつづけている
ともすれば 会津に敵が攻め入ってくるかのように
あしたやこれからのことや誰かのことをそう思う 
そして 同じ現実を無意識にくりかえし作り出す

そのとき その恐れや判断をそのままただ受け入れる
今に起こっていることを条件なしでそうなんだと 受け入れる
そこから逃げるにしても対策をとるにしても 受け入れてから
そうすることができる

うれしいことは自然に受け入れられるけど
不満や不満を引き起こしている現実のことも同じようにただ受け入れる

不満を言うにしてもまず
不満やその状況を自分の中で受け入れてから
言うこともできる

そのとき きのうの今という瞬間や
あしたの今という瞬間にもつながってゆく

今という瞬間にわかりましたと受け入れるとき
未来の今という瞬間にも調和というレターをおくる

うけいれられるはずもない
恐ろしい過去がたくさん私たちの中にある
その抵抗はものすごい大きなかたまりで
それに圧倒されると
息苦しさや行き止まりの感覚で
窮屈な思いにのしかかられるような気分になるかもしれない
それは誰かやある状況から自分がその状態になった(自分のそれを見ることになった)かもしれないけれど
それは外から来たんじゃない
自分の中にもともとあったもの

ほんとうは判断が問題なのではない 誰かが仮にあなたを判断しても
あなたとはなんの関係もない
あなたが誰かを判断しても あいてとはなんの関係もない

問題は 過去の記憶ではなくその過去の出来事への自分の判断で
自分の心の中で判断に敵対している自分自身の内側にある

その窮屈さが永遠つづくような感じを体験するかもしれない
その苦しさからにげることはできない
受け入れることしか方法がない
 
そのとき悪意にみちた自分の部分が現れる場合もある
それにあまりに圧倒されると コンパスのえんぴつの方に倒れてしまって
コンパスが立っていられなくなる
この世界の中ではその状態ではとても苦しく暗闇のようになってしまう
だから圧倒を感じるときは一層心の目を開いて
その部分は自分の全部じゃない、一部だということを忘れないようにしたい
そうすれば
この部分は行き詰まりを感じているけれど
それはこの部分が与えようという発想がないから 
ないものばかりを見て 今あるものを見るという発想がないから、行き詰まりを感じているのだなあとか
それぞれの中でいろんな気づきが起こるはず
そのとき自分の内側を大きな視点で見ていることに気づくはず

その過去の今という瞬間への敵意が
今 この瞬間に表れてきてそれを教えてくれる今を
受け入れることしか私たちにはできない

今という瞬間には いろいろなことがあるけれど
いつも心の中でまず 今を受け入れると決めることもできる

受け入れる感度をよくみているとおもしろいかもしれない

そうやって バランスをとるということが
わたしたちには抜け落ちてしまっている
コンパスの針をたてて 鉛筆の方とバランスをとったとき接点が
生きてくるように

今という瞬間は自分といういのちでもあるから
自分の中で受け入れないままバランスをとらずにいることで
自分といういのちからも離れてしまう

そのバランスをとる機会は 毎瞬やってくる^^





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